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《ボルサリーノの中折れ帽子》 




今日は絶対に遅刻できない。と思っていたにもかかわらず私は寝坊した。

30歳になって、やっと本当に結婚したいと思える女性に出会った。
彼女はセレクトショップに勤める24歳。
街を一緒に歩けば、8割方の男性諸氏から振り返られるのではないかと
自慢できるくらいの美人だ。

その彼女と先日のデートで喧嘩した。
原因は私がいつも待ち合わせ時間に現れないこと。

男は少しくらい遅れていくほうが格好がいいと思っていたが、一般的なOLと違い、土曜・日曜も働く彼女にとっては時間というのは貴重な存在なのだ。
もっとも彼女以外の多くの人にとっても、人を待つ時間というものは全くもって無駄なものではある。
私は彼女に無駄なもの、つまり待ち時間ばかりをいつも提供していた。

『次のデートに遅刻したら別れる。』という言葉には冗談という台詞が後に続くことを
全く期待させなかった。

なのに私は遅刻しそうなのだ。
この体を起こしてくれなかった目覚まし時計と、一緒に暮らす両親を心の中で罵倒した。
自分自身の責任であるが、こういうときには関係ないものに八つ当たりをしてしまう。

しかし冷静にならなければいけない。

待ち合わせ時間まで、およそ1時間。
私の家から待ち合わせ場所である市内中心部のカフェまでは、
愛車を飛ばしても約40分はかかる。

ということは、準備には20分が割り当てられる。
昨晩は会社の同僚と飲みに行くのは控えた。
酒臭い息を予防するためと深酒による睡眠時間の縮小を避けるためだ。

そのため寝坊はしたが体は臭くない。
シャワーを浴びなければ出かけることが出来ない体ではないのだ。
これは禁酒効果だと思い、一人自己満足に浸りながら着替える。

彼女はけっこう外見にもうるさい。
やはりショップで働いていることが影響しているようだ。
自分の彼氏が、あまりみすぼらしい格好というのはお気に召さないようだ。
特に外出となると、女友達に会ったときを気にするようだ。

面倒だが、私は彼女好みの服を洗濯する。
清潔な白シャツに明るい差し色のニットを着る。
そしてジャケットを羽織り、グレイのウールパンツと合わせる。

手首にさっと香水を付け、財布と車のキーを手にし、
玄関にある全身鏡で最終チェックをする。
万全のはずだ。

しかし私は、ある異変に気付く。
ヘアスタイルがいつもと違うのだ。

それはシャワーを浴びてないからだった。
私の短髪は見事に寝癖であることをハッキリと示していた。
側頭部と頭のてっぺんの間の髪の毛が上下に分かれていた。

長年の経験から、この手の寝癖はジェル等の整髪料では上手く
直らないことを私は知っている。

シャワーを浴びて髪の毛全体を濡らしブローをしなければならなかったが時間が無い。

私が思いついたのは寝癖を直すことではなく、隠すことだった。
この髪を見られなければいいのだ。

私はすぐにクローゼットの中から、このファッションに似合う帽子を探す。

しかし帽子など持っていないことに気付く。
あってもNとYを組み合わせたベースボールキャップくらいである。

私はふと思い出した。
親父の箪笥によく被っていた帽子があったことを。

私は親父の箪笥から帽子を取り出す。
この際、似合っているかどうかのチェックは関係ない。
彼女に判定してもらえばいい。
寝癖がついた髪で向かうよりもいいはずだ。

そして、車に乗り込む。スピードを出して待ち合わせ場所へ向かう。

5分だけ遅刻した。
彼女が私を見つけた。
見慣れない帽子を被る私に彼女が言った。
『なに、その帽子?買ったの?』

私は親父の帽子とは言わずに買ったと答えた。
彼女はいい帽子だねと言ってくれた。
どこで買ったかを聞かれたが適当に答えた。
あとでブランドくらいは確認しておこうと思った。
いまは帽子を脱ぐことは出来ないからだ。

5分遅刻したことは許してくれた。
帽子のおかげなんだろうかとも思ったが、そのまま楽しいデートをした。

家に帰った後、帽子を脱ぎ中を確認した。
《Borsalino(ボルサリーノ)》と書かれたブランドタグを見た。
インターネットで調べてみると、かなり高価なものだった。
そして、1970年にアラン・ドロン、ジャン・ポール・ベルモン主演で映画が撮られていることや世界で最も有名な帽子のブランドであることなどを知った。

親父がこんな高いものを持っていることに驚いた。
他にも隠れた名品を持ってるかもしれないなと思った。

そういえば彼女に自分で買ったと答えたことを思い出した。
親父に久々に話しかける必要があるなと思うと、なんだか恥ずかしくなった。
ボルサリーノ、どこで買ったの?』

いや待てよ。その前に聞かなければならないことがある。
『親父、アラン・ドロンに憧れてたの?』


ボルサリーノ【Borsolino】
創業年:1857年/原産国:イタリア
URL:http://www.borsalino.com/




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[ 2007/01/27 00:36 ] Italy | TB(0) | CM(3)

《パテックフィリップのドレスウォッチ》  

patek.jpg


今日、久しぶりに妻とホテルで食事をする。
3人の子供を育て、巣立たせた彼女への感謝の気持ちと、
結婚生活30年を迎えたことを祝うためだ。
慌ただしい毎日を過ごしてきた彼女は結婚記念日も忘れているかもしれない。

待ち合わせ時間はホテルのロビーに18時30分。時間を確認する。
久しぶりに身に付けた《パテックフィリップ カラトラバ》が
18時15分を示している。

このシンプルなドレスウォッチは亡くなった義父から貰った。
妻との結婚を認めてもらった際に頂いたものだ。

その当時、私は一介のサラリーマン。
腕時計は安物しか持っていなかった。

義父は会社を創業し、一代で富を築いた実業家であった。
私は妻との結婚は家柄が違うとの理由、そして一人娘であるという
状況もあり、断られると思っていた。

それが、あっさりと許しをもらい、この高級な時計までも頂いた。
義父はこの時計は【親から子へ】というコンセプトの元に製作されていることを
私に話して聞かせた。
私は義父の子として認めてもらったということだった。

義父は私にこう言った。
『男が持つべき時計は3つ。ビジネス用と休日用。そしてフォーマルな場面で
使用する特別な時計だ。この時計は特別な時だけ利用してくれ。』

確かにこの時計はフォーマルなドレスウォッチの要件を全て揃えている。
流行に左右されない小振りな円形に2針のシンプルなフォルム。
上品な黒革ベルトがフォーマル感をいっそう際立たせてくれる。

私はこの時計をこれまでの人生で4回だけ利用した。

子供3人の結婚式と、義父の会社を継いだ時に開催してもらった
社長就任パーティーの時だけだ。

30年間でわずか4回のみ。その間も3年毎のオーバーホールを欠かさず、
家でも毎日ネジを巻き丁寧に扱った。

この時計にとっては今日で5回目の出番となる。
パテックフィリップの2つの針が時計のフェイス下で重なる。18時30分だ。
妻がホテルのロビーに現れた。

彼女がロビーに立つ私を見つけ駆け寄ってくる。
そして私の左腕に彼女の右腕を絡ませて組もうとする。
ふと彼女が私の左手首に巻かれた時計を見て微笑んだ。

今日が特別な日だということを理解してくれたようだ。

私も彼女が首に身に付けた真珠のネックレスを見て思い出した。
結婚生活30年は真珠婚式と呼ばれていること。
富と健康を表す海の宝石に例えて、そう呼ばれていることを。

彼女は忘れてなかったのだ。結婚生活30年目の今日を。
彼女の方が一枚上手だったようだ。


パテックフィリップ【PATEK PHILIPPE】
創業年:1839年/原産国:スイス
URL:http://www.pp-sphere.com/

[ 2007/01/21 17:19 ] Other Country | TB(0) | CM(0)

《モンクレールのダウンジャケット》 




2005年の春に私は転勤を命じられた。場所は北国だ。
スキー好きの私には赴任地としては最高の環境だった。
出張所長という役職も頂いた。
しかし50歳を過ぎた私にとっては実質的には左遷だった。
半ばリストラみたいなものだ。

娘は短大を卒業し、自宅から通えるところへ就職が決まり、
息子は自宅から大学へ通っている。いまは大学3年生だ。
妻は近くへパートに出ており、学費と住宅ローンで苦しい家計を
金銭面で助けてくれている。

とても北国へ一緒に付いて来てくれそうにない。
私は単身赴任することにした。

月日は簡単に流れた。
涼しい夏は過ぎて、太陽が高くまで昇らない秋の空へ変わった。
私は単身赴任者用のアパートから会社まで徒歩通勤をしている。
秋になり、肌を刺すような冷たさを私は感じ始めていた。

私は交通費が掛かることを理由にして自宅に帰らなかった。

本当の理由は帰っても家族と会話することも無いだろうという
思いと、一緒に出かけたりする用事もないからだった。
それに、帰っても疲れた顔の家族ばかりがいると思うと気が滅入る。

帰らない代わり、たまに自宅へ電話をした。
妻から聞く話では、家族みんなが疲れているという。

娘は社会人1年目の試練を味わっているらしい。
息子も就職活動がすでに始まったと聞いている。
妻のパート先も忙しいようだ。

自宅へ戻るのは正月にしようと思っていたが冬用の衣類を用意して
なかったことに気付いた。
この厳しい北国の冬を乗り切るためのスーツやコート、ニット類等
を自宅へ取りに帰る必要があった。

家族に頼んで送ってもらってもよかったが、面倒くさがって
してくれない気がした。

私は有給休暇を取り、自宅へ戻った。

久しぶりに妻の手料理を食べたいと思ったが、パート勤めで
疲れているだろうと推測し、近くのコンビニで弁当を買って食べた。
そして缶ビール1本を飲んだ。
単身赴任先と全く変わらない食事だった。

その後、冬用の衣類等を段ボールに積めた。
宅配便で送る手続きもした。
終わってからは一人テレビを見てみんなの帰宅を待った。

妻はパートから帰ってきて簡単な食事を済ませ、風呂に入って寝た。
息子は就職活動の一環との理由で飲み会に行ったらしい。
たぶん帰宅は遅いだろうと妻が言った。
実際、夜中まで帰ってこなかった。
娘は残業で夜遅くに帰宅した。
私は既に寝ていた。

次の日の朝、私は単身赴任先へ戻った。
誰も見送りはしてくれなかった。
みんな疲れていたり、夜遅かったから仕方ないと思った。
しかし私には家族がいるんだろうかと不安になった。

何日か後、単身赴任先のアパートに荷物が届いた。
私は手配した段ボールを確認し開けていった。
しかし、なぜか知らない箱が1つだけあった。

中を開けてみるとダウンジャケットが入っていた。
モンクレール パリ》だった。

私はこのブランドを知っていた。
私がスキーを好きになったのは、1968年グルノーブルオリンピック
でのフランス代表スキーチームの活躍を見てからだった。
高校生のときだった。
彼らが着ていたのがモンクレールだった。

以来、私はいつかあの防寒着を手に入れたいと思っていた。
だがモンクレールは年月を経て、街中でも着れるファッション
ブランドとなった。

そうなると逆に、親父になった私は買うことを躊躇せざるを
得なくなった。年齢を重ねた者に似合うかどうか分からなかったからだ。

しかし、なぜモンクレールが届いたのだろうか。
ふと、箱の中を覗くと手紙が入っていた。

単身赴任ご苦労様です。この前は、せっかく帰ってきてくれた
のに、ほとんど会えずにごめんなさい。
 最近3人とも働くということが、どんなに大変か分かりました。
これまで私たちのためにありがとう。
 そちらの冬は寒いと思うから風邪をひかないように。
 薄いウールコートでは寒さを凌げないと思い、ダウンジャケット
を送ります。
 3人でお金を出し合って買いました。大切に使ってください。
 仕事頑張って。


手紙には妻、息子、娘の3人の連名が書き添えられていた。

私はモンクレールを羽織ってみた。
グースの産毛使用による暖かさとそれを包み込むナイロンの質感が
なんとも言えず気持ちがいい。
着丈も長めでスーツの上から羽織ってもエレガントに見える。
50歳を過ぎた私でも、全然違和感無く着こなせる。

このダウンジャケットなら厳しい冬も越せそうだと思った。

モンクレールのダウンは暖かい。
しかし、そのダウンに負けない暖かさを今日は手に入れた。
家族がいることを再認識できたこと、それこそが私にとっての
防寒具である。


モンクレール【MONCLER】
創業年:1952年/原産国:フランス
URL:http://www.moncler.jp/





[ 2007/01/20 02:54 ] France | TB(0) | CM(1)

 《エドワード・グリーンのストレートチップシューズ》 

chelsea.jpg


大学を卒業し、大手保険会社へ入社して1年が経った。
まだ半人前の私が、なぜか花形部署である法人営業部へ異動になった。

法人営業は保険契約額も大きい。やりがいはあるが当然責任も重たい。
幾人もの先輩たちが、そのプレッシャーに負けて挫折を味わったのを
私は知っている。

配属先の部署の上司は女性だ。年齢は30を過ぎているが独り身だ。
女性ではあるが、法人営業部のエースと呼ばれている。

彼女が開拓した法人先は数知れず。しかも中途解約はゼロ。
新たに彼女の顧客となった先は全て契約を継続している。

昨今の保険業界、特に大口先となる法人契約は各保険会社が
高配当の商品を提案し合い、優良先を奪い合う。
大げさかもしれないが、法人営業の舞台は戦場だ。

そんな状況の中で驚異的な数字をあげる彼女の営業スタイルは
何なのかを、新人の私は知りたかった。

彼女は陰で『あいつは客と寝て仕事を取っている』と囁かれている。
出来の悪い男性社員から見れば生意気な奴にしか見えないのだろう。

もちろん私も彼女に言わせれば、出来の悪い男性社員だ。
配属されてから、まだ1件も新規開拓に成功していない。
日々、怒鳴られるばかりだ。

私は仕事に対する自信を無くしていった。
このままでは成長できないと思った。

ある日、私は思い切って彼女に聞いてみた。
どうやって顧客の信用を勝ち取ってこれたのか、そして何故、顧客は
彼女から離れないのかを。

彼女の答えは簡単だった。

『契約してくれる人が信頼できるかどうかを見極めればいいのよ。
信頼できる人なら私は信用する。信用すれば信頼される。
人間関係なんてそれしかないでしょ。
信頼し合うことから信用は生まれるのよ。』

では、どういう人が信頼できる人なのかを尋ねた。
どうやって人を見極めるのか。

彼女はまた簡単に返答した。
『もちろん会話してみること。そして私がいつも注意しているのは
足元をみること。革靴が緑がかったくらいにピカピカに磨かれている
人しか信用しないの。私は足元をおろそかにする人は信用しないの。』

私は驚いた。そんなもので人を判断していることを。
革靴の磨き方だけで人を判断できるのだろうかと不思議に思った。

次の日、私はデパートに革靴を買いに行った。
これまでのボロボロの革靴は捨てた。

購入したのは英国トラッドシューズの最高峰といわれる
エドワード・グリーン チェルシー》。

万人向けの傑作ラスト202は堅牢な作りと美しいデザインが相まって
一生靴と呼べる代物だ。

曜日毎に履き替えるため同じものを5足購入した。
もちろん私の少ない貯金は吹き飛んだ。
しかし良質な革靴を購入した満足感があった。

会社へ履いていくと彼女から初めて褒められた。
仕事以外のことだが嬉しかった。

何故だか今日は契約が取れそうな気がしてきた。
エドワード・グリーンは仕事に取り組む気分までも変えてくれた。


エドワード ・グリーン【EDWARD GREEN】
創業年:1890年/原産国:イギリス
URL:http://www.edwardgreen.com/







[ 2007/01/20 00:39 ] England | TB(0) | CM(2)

《モンブランの万年筆》 

MONBLANC.jpg


仲人から毛筆で書かれた立派な年賀はがきが届いた。
そういえば毎年届けてくれていたことを思い出す。

結婚したのは10年前。職場内結婚だった。仲人はその当時の上司に頼んだ。

その上司も程無くして定年退職し、田舎に移り住んだ。
私の住む家からは遠方であった。

私と彼女はしばらく一緒に暮らしたが、互いに結婚生活に馴染めず半年前に離婚した。

本来なら仲人へ離婚のことを報告しておくべきだったが、仕事が多忙なことを自分への言い訳にして、これまで怠っていた。

このまま黙っておくわけにもいかないと思い電話で離婚したことを連絡しようと思ったが、すこし躊躇した。電話で報告するようなことかどうか迷ったからだ。

年賀はがきを返すにも時期を逸しており、仕方なく手紙を書くことにした。

はじめ仲人に倣い、毛筆に挑戦したが上手く書けない。
筆ペンで書いてみたが仰々しい。ボールペンでは味気ない。

ふと目にしたのが社会人になったばかりのときに購入した万年筆とペンケース。
約15年前、初めてのボーナスで買った。
まだ少しも色褪せていない。重厚な存在感は今も健在だ。

その万年筆は《モンブラン マイスターシュテック ル・グラン》。

買ったばかりの頃は使いにくかった。しかし書く練習を1ヶ月程するとペン先が私の筆圧に馴染み、書きにくい8の字や円さえもスムーズに書くことが出来るようになったことを思い出す。

ペン先を紙に滑らす。感触に少し戸惑うが、相変わらず滑らかだ。

青インクで書かれた手紙が完成した。
インクのにじみが淋しさを表すが、どこか優しい印象の手紙となった。

そういえば、このモンブランを購入した頃に別れた妻と出会ったことを思い出す。
いまでは恥ずかしくて絶対に書けないようなラブレターをこの万年筆で書いた。
練習のつもりもあったが、書くうちに彼女への思いが高まった。

『久しぶりにインクを吸入したのだから、もっと書けよ。』と
モンブランが語りかけてくる気がした。

別れた妻に、久しぶりに手紙を書いてみようと思う。
もしかしたらまた彼女を好きになるかもしれないが、文字を書きたくて仕方がなかった。
モンブランの万年筆は魔力を秘めていると思った。


モンブラン【MONTBLANC】
創業年:1906年/原産国:ドイツ
URL:http://www.montblanc.com/





[ 2007/01/19 01:52 ] Germany | TB(0) | CM(2)


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